ご挨拶

乗り物好きを自任していましたが、このところ徒歩での旅行がマイブームです。

2012年11月12日月曜日

阿房列車「統一号」(2)- D-Zug、EN、CNL?

 旅はベルリン東駅から。ここはベルリンが東西に分かれていたとき「ベルリン中央駅」を名乗っていたところ。そういうわけでそれなりに大きく、西ベルリンで中央駅の機能を担っていたZoo駅がその機能をなくしてローカル列車の駅になっても長距離列車駅としてのステータスを保っている。

 しかし今回私がドレスデンまで乗るD列車(D-Zug)が、この駅始発というのは解せなかった。なぜ中央駅始発ではないのか。
 D-Zugというのは、長距離列車の中でインターシティー(IC)やユーロシティー(EC)、夜行のユーロナイト(EN)の格を与えられなかった急行列車。ドイツ国内では臨時であるとか、車両が古く格付けに必要な設備を有していないといった理由でDに留まるものがある。確かにインターネットの時刻表で調べてみると、ベルリンからプラハまで走っているが二等車だけの国際列車。それでECになれないのか。そんな疑問を抱いていたのだが、今回の阿房列車決行の日、東駅に来てみてその謎が一部解けた。

 朝4時前に家を出て東駅に着くと、私の乗る列車は既にホームに止まっていた。緑と白に塗り分けられたチェコの車両。チェコの車両というとハンブルクを発ちベルリンを経由してプラハへと向かうEC列車を思い浮かべるが、その編成に使われている車両に比べると、うらぶれた感じのする車両。国際急行列車というよりはチェコの国内急行といった感じ。また通路に補助席がないところなどは、昼間の列車よりは夜行列車のそれを思わせる。そういうところは簡易寝台車にも似ている。

チェコの機関車の後ろに二両の客車。プラハ行きPhoenix号
その前には?

その前にはワルシャワまでJan Kiepura号を牽引するポーランドの機関車と客車(Bar/二等合造)


ポーランド行きの客車。これも夜行列車に併結。

Phoenix号。テールランプは点いていないが最後尾の客車には旅情が漂う。


 車内を観察し出発を待つ。私は長距離の列車に乗るときには席を予約することにしてるので今回も私の指定席があるのだが、その席には先客がいた。といっても車内はがらがらで予約の札も入っていないので、他の部屋を占拠することにした。



モケットはきれいなのだが全体的に古い感じ。


トイレの他に洗面所もある。夜行列車仕様?


トイレは清潔なのだが、DBに比べるとちょっと臭う。


 発車予定は4時57分だが、それを過ぎても発車しないのは、併結列車が遅れているせい。この列車は、サボを見るとEN 457 Phoenixとある。切符にはD 60457とあるが、これはEN 457でもあるのかとわかった。ENとはユーロナイト、つまりヨーロッパの国際夜行急行。併結相手はCNL 457でアムステルダムとコペンハーゲンから来る編成。これもCNLといっているがENの扱いなのかもしれない。今日は20分の遅れが出ている。

 その到着を待っていると隣にワルシャワ行きのEN 447 JAN KIEPURA号が入ってきた。ワルシャワ行きのはずだが、ロシアやウクライナの寝台車も連結されている。これらの車両は途中の区間だけのお客を扱わないので、列車の行き先にモスクワと表示されていないのだろう。この列車は前夜バーゼルを出発したもの。途中までCNLと一緒に走っていたはず。ロシアの寝台車は最近調達したものなのかとても立派。Innotransにも出展されていたが、内装も豪華なようだ。ロシアのビジネスマンや富裕層は、飛行機を使うよりもこういった豪華列車を好むのだろうか。それとも外国の空港でチェックを受けるとまずいもの、飛行機には乗せられないようなものをお客が持ち運んでいるのだろうか。中間での区間利用を許さないのは営業権の問題でもあるのだろうが、何となく秘密主義が雰囲気を感じるのは私だけだろうか。

ロシア鉄道の寝台車、実に立派。編成の中ではDBの簡易寝台車が一番みすぼらしかった。


青と白の車両はポーランドの寝台車。こちらも立派。


 ともあれ深夜/早朝の時間帯は、普段目にしないような変わった列車、車両にお目にかかれる。まるで深海探検!

 20分遅れのCNL列車KOPERNIKUS/Phoenixは、時刻表にはそのように列車名が載っているが、Phoenixというのはこのベルリンからの編成なのかもしれない。CNL列車は東駅の手前に待避線でもあるのか、機関車に牽引されるのではなく押されて東駅のホームに入ってきた。先頭の青い車両は寝台車だろう。


CNL 457と併結


 軽い衝撃とともに二つの編成が一つになった。しばらくして発車。ノンストップでドレスデンへと向かう。現在、開港が遅れているベルリンの新空港ベルリン・ブランデンブルク国際空港は、来年2013年に新しい開港スケジュールが決まったが、これもどうなるか。2014年にずれ込むかもしれないが、開港の暁にはこの列車も空港駅に停車するのかもしれない。

 検札が済んだので部屋の照明を落とし、三時起きの睡眠不足を補うことにした。しばし爆睡。座席車だが、大鼾をかく同行者もいないので二時間だけだが実によく眠れた。

 ドレスデン近くで目が覚める。今渡った川はエルベ川?などと思っていると、列車は定刻よりも20分遅れでドレスデン中央駅のホームに滑り込んだ。遅れはほとんど取り戻せなかったようだ。チェコのすばらしく無骨な電気機関車に曳かれた列車は、この後ザクセンのスイスを通って国境を越えプラハに至る。(つづく

チェコの電気機関車。角張ってます。

チェコの寝台車。台車には空気枕を採用。

隣のホームにはヴィースバーデン行きICE。好対照の二編成。

阿房列車「統一号」(1)-「統一」とは

 今回の阿房列車「統一号」と名付けた。「統一」とは東西ドイツの統一であり、ザクセン鉄道(北)とバイエルン鉄道(南)を結ぶ南北の統一、そして歴史的背景現代を結ぶ「統一」でもある。

 旅のルートは、ベルリンから早朝、夜行列車の尻尾に繋がるD-Zugに乗ってドレスデンへ、そこから旧ザクセン鉄道に乗ってかつてカールマルクスシュタット(Karl-Marx-Stadt)と呼ばれたケームニッツを経てバイエルン州の北端のホーフ(Hof)へ、そこからは、旧バイエルン鉄道に乗り継ぎニュルンベルクへと向かう。
 このドレスデン - ホーフ - ニュルンベルクの路線は、Sachsen-Franken-Magistrale(ザクセン・フランケン幹線鉄道)と呼ばれるが、東西ドイツ統一後、ローカル線に過ぎなかった同区間を最高速度160 km/hの幹線にすべく整備されたもの。現在は、長距離列車、優等列車はなく再びローカル線化しているが、それがどんな感じなのか実際に確認してみたいという欲求がある。

 帰路は、同じルートを避け、普通にニュルンベルクからライプツィヒを経てベルリンへと戻る。冬のことで、帰路では直ぐに日が暮れて景色を楽しむことはできないだろうから、あまり期待していない。

 次のように乗り継ぐ切符を購入した。
往路:
 ベルリン - ドレスデン D 60457列車(EN457 Phoenix)
 ドレスデン - ホーフ RE 3782列車
 ホーフ - ニュルンベルク IRE 3086列車

復路:
 ニュルンベルク - ベルリン IC 1604列車

つづく

2012年11月8日木曜日

パリ旅行、CNL払い戻し

 9月の末から10月の頭にかけてパリ旅行をしたが、そのときに利用したCNL列車が60分以上(正確には66分)遅れたことは、以前報告した(CNLの夜行列車でベルリン-パリを往復)。そのときにした払い戻し請求がこのほど認められ、運賃の33ユーロおよびCNL予約の30ユーロの25%に相当する合計15.75ユーロが払い戻されることになった。

 日本は特急料金の払い戻しはどうするのだったか忘れたが、窓口に並ぶのだったろうか。ドイツは、遅れた列車の車内で配られた証明書に必要事項を記入して送付すると後日連絡が来て銀行口座に払い戻される。まだ確認していないが、もう銀行口座に入っているだろう。

 ドイツが何事も書類の国であると言うことがよくわかる出来事だった。ドイツに限らずヨーロッパの列車はよく遅れる(ドイツは遅れが最も少ない部類だと思われる)が、払い戻される金額だけでなく、払い戻し業務に要する労務費も馬鹿にはならないだろう。これらの費用が売上に対してどれくらいを占めているのかも興味あるところだ。当然、その費用は予め推測して原価に含まれていることだろう。

 鉄道趣味人としては、趣味の旅である限りは、遅れはどうでもいいのだが、遅れがなくなればその分運賃が安く設定されるのだろうか。それとも遅れを出さないようにする投資の方がずっと大きいのだろうか。「遅れ」というのは、交通機関経営上の「摩擦」のようなものだろうか。摩擦をなくせば、経営はより円滑になるが、摩擦をなくすのは、経営への負担でもある。

 遅れても遅れなくてもまずは安全な運行を期待する。10分20分くらいの遅れで目くじらを立てないのがヨーロッパの余裕かもしれない。

2012年11月2日金曜日

ICEスプリンターでヴィースバーデンへ日帰り出張(3)

 できることならカフェに腰を下ろして一休みし、どこにどんな見所があるのか確認してからもう一度街を回りたいところだが、予定の列車が発車するまでもう一時間とない。それに今日の活動はかなり足に来た。会場はそれほど広くはなかったのだが、ほとんど立ちっぱなし、歩きっぱなしだったのだ。
 得意先のブースに顔を出せば、歓迎はしてくれるが、それは顧客としての歓迎ではないから、席を勧めてくれるわけではない。潜在的な新規顧客に至ってはなおさらだ。さらに会場には、ちょっとしたカフェテリアに椅子が少し備えてあるだけで、私のような訪問者が座れるような場所はほとんどなかったのだ。この疲れは、運動不足のせいばかりではない。

 徒歩で中央駅に戻ってくると時間は、出発まであと30分ばかり。時刻表を見てどんな列車が発着しているのかを確認し、スタンドでコーヒーを飲む。
 ヴィースバーデンはヘッセン州の州都といっても政治・行政上の主邑。産業・経済の中心地はフランクフルト・アム・マイン。フランクフルトは交通の要衝でもあるため、ヴィースバーデンの方は、その点でも日陰の存在だ。同じKopfbahnhofといっても規模が全く違う。それでも一時間に一本くらいはICEが発車しており、朝にはオーストリアの看板列車Rail Jetも一本だが出ている。

 ホームにはSバーンの他、地域の私鉄列車もよく発着する。私鉄と言っても、ドイツでは線路網と列車運行主体が異なる上下分離形式なのでドイツ鉄道と同じ線路を使い、またドイツ鉄道が資本参加していることも多いので、ドイツ鉄道が発見した切符でそのまま乗れることも多い。もちろん乗り換えで初乗り運賃を二度徴収されることもない。



 そろそろ予定の列車の発車時間。ホームに出るとその列車VIA25025が入って来た。この列車は、VIAS GmbHという私鉄による運行。RuhrtalbahnとDSB Deutschlandが株主になっているそうだ。地域交通連盟にも参加していることからDBの切符が通用する。フランクフルトまでの30分あまりの乗車。新しい車両で乗り心地も良い。マイン側の沿岸を走るが葡萄畑も見える。大都市フランクフルトの近郊だが、こんなところでもワインが作られている。




 フランクフルト中央駅でベルリンまでのICEスプリンターに乗り込む。往路と同様に二等車のコンパートメント席。同室は、ビジネス客と思われる男性と女性が一人ずつ。6人の部屋に私を含めて3人だから往路と同様に復路もゆったり。その女性が私の指定席に座るところだったので、そこは私の席ですが交換しましょうか。あなたのお席はどちらですか、と言うと、特に気にしていないからどうぞと言って譲ってくれた。しかしできることなら進行方向を向いて座りたいようだった。彼女は、Bahncard 100を持っていたのでICE通勤をしているようだ。ベルリンまで帰るそうだが、いつもはハンブルクとベルリンの間で利用しているとのこと。ハンブルクのエアバス社にお勤めだそうだ。

 お読みになる方は、Bahncard 100をご存知だろうか。Bahncardは、ドイツ鉄道の割引カードで何種類かあり、私のものはBahncard 25。年会費がいるが、これを使って普通に購入すると25%引きになる。他にBahncard 50というのもありこれは半額になる。そして100というのは100%引き、つまり全線切符。一等が年6690ユーロ、二等が3990ユーロ。例外はあるが、優等列車を含め座席車はほとんどこれで利用できる。鉄道趣味人には夢のようなカード。日本の運賃に比べれば、全線有効で上記の価格なら決して高くはない。

 乗り込んだICEスプリンター(ICE1090)は、18時13分定刻通りの発車。往路と違い、ベルリンまでの間にハノーファー中央駅にも停車する。

 フランクフルトを出発して列車は順調に走行を続ける。私はというとちょっと喉を潤そうかと数両先の食堂車へ足を伸ばした。このICEは、第一世代の編成で食堂車は、厨房/カウンターを挟んでビストロコーナー(軽食堂)とレストランのコーナーに分かれている。ゆっくり夕食というのもいいのだが、一人で夕食というのもわびしいので飲み物だけにした。ビストロのカウンターでビールを注文し受け取ると、ラウンジ風の座席に腰掛け、一日を顧みてビールの苦みを味わう。座席は、割と固めであまり座り心地は良くないが、これは回転率を上げるためだろうか。

ICE食堂車のビストロコーナー、朝撮影


 フランクフルトを出て1時間くらい経っただろうか。ビールを楽しんでいると、急にブレーキがかかった。自動車のように急には止まらないがそれでもかなりの加速度。フルブレーキングではなかっただろうか。厨房の中でガシャーンと食器類の落ちる音。私はビールのグラスを手で押さえた。

 列車は完全に停止。何か事故だろうか。衝撃はなかったので大きな衝突ではないようだが。しばらくして何もなかったように走り出したが、どうしたというのか。ビールを呑み終わり、コンパートメントへ戻りしばらくするとアナウンスが入った。さっきの急停車の説明をするのかと思ったら、どうもそうではない。Lotseの指示でDrehfahrtをすることになったのでよろしく、と言っているようだ。Lotseというのは水先案内(人)や航空管制(官)のことで私は「運航」で使われる言葉だと思っていたが、鉄道のような「運行」でもそういうのか。だとすると運行司令所のことだろう。Drehfahrtというのも素人にはピンと来ない。「回って運行する」ことととれるが何を意味するのか。しかしその謎は直に解けた。

 列車は、カッセル・ヴィルヘルムスヘーエにしばらく信号停車。この駅は今ではカッセルの中心的な駅になっているが、カッセルには中央駅もあり、ヴィルヘルムスヘーエは、新幹線で言えば新カッセルと言ったところか。「新」とは言わずに岐阜羽島なんていうのもあるから命名はこちらの近いか。駅の作りも日本の新幹線駅に似た感じ。しかしここで列車が止まってもスプリンターなのでドアは開かない。その後、動き出したかと思うとまた信号停車。外はもう真っ暗でどこに止まっているのかわからない。同室の女性が化粧室に行き戻ってくると、カッセル中央駅に止まっていると言う。果たして通路に出て外を見ると、その通りの表示が見える。しかしカッセル中央駅は、行き止まり式のKopfbahnhofでICEのルートからは外れているはず。なぜそこに止まっているのかはわからないが、さっきのDrehfahrtの意味はわかった。列車の進行方向が逆になることをそういうのかと納得。ドイツには、今日訪れたヴィースバーデン中央駅をはじめ、フランクフルト・アム・マイン、ライプツィヒ、ミュンヘン、シュトゥットガルトなど大きな駅は、多くが蒸気機関車時代の名残をとどめた行き止まり式の駅なので、Drehfahrtは何度も経験しているはずなのにこれまでこの言葉を意識したことがなかった。

 しばらく停車して列車は出発したが、どうも遅れが出ているようだ。そしてその後、停車予定のハノーファー中央駅は運行司令所の指示で通過することになったというアナウンスが入る。中央駅の代わりにハノーファー・メッセ駅に停まるとのこと。

 ハノーファーの街を通過すると高速線に入ってベルリンへ向かうばかりだが、さっきうっかり降りられなかった乗客のためにヴォルフスブルクにも臨時停車するそうだ。果たしてその通り停車。その後は、順調にベルリンへ向かったが、ベルリンで最初の停車駅になるシュパンダウが近づいたところでまたアナウンス。この列車、ベルリン・ズュードクロイツ終点のはずだが、今日は、ベルリン中央駅に停車した後、東駅まで行ってそこで終点とするとのこと。ということは、ベルリンの南北線を通って中央駅の地下ホームに入るのではなく、東西線を通り、ツォー駅通過、中央駅停車、東駅終点ということになる。私はベルリンの住人なので位置関係がわかるが、初めて訪れた人でズュードクロイツを目的地としている人がいれば気の毒だ。

 列車は、シュパンダウ駅には予定よりも30分あまり遅れて、22時18分に到着。私はREに乗り換え、ツォーで地下鉄U2に乗り換えて帰宅した。いろいろあって疲れたが、鉄道趣味的には楽しい旅だった。

行きに1時間、帰りに30分の遅れが出たので請求すればスプリンター追加料金が払い戻しになる。11月1日、まだ請求の書式を作成していない。(完)

2012年10月28日日曜日

ICEスプリンターでヴィースバーデンへ日帰り出張(2)

 ヴィースバーデン日帰り出張の目的は、Tekomという産業フェアに参加すること。ローカライズや技術関連のコミュニケーションがテーマ。得意先のスタッフに挨拶し、潜在的顧客とコンタクトを取る。午後3時半過ぎ、持ってきた名刺も全部配ってしまったのでヴィースバーデンを少し散歩して、帰途に就くことにした。

 中央駅を予定の列車が出発するのは17時半頃なので、あまりゆっくりと見ていられないが、小さな街でもあるし2時間あれば散歩には十分だろう。フェアの会場には臨時の観光インフォメーションカウンターが設けられており、市内の地図と簡単なガイドをもらう。残ながら日本語のガイドはない(ただしヴィースバーデンのサイトには日本語による観光案内もある)。中国語ならあるそうだ。パリでもそうだったが、最近は団体旅行のお客というと日本人よりは中国人の方が多いのではないかという感じがする。日本人がしだいに団体ツアーに飽きてきていて個人で旅行する傾向が強まっているのに対して、中国人が団体旅行で世界のツーリズムシーンにデビューしつつあるという傾向はあるものの、数の上での勢いがある。日本語を差し置いて中国語と言うのも無理からぬことかもしれない。
 インフォメーションカウンターでは日本語もお願いしますよと、日本語翻訳業界のためにもアピール。
 しかし、私の得意先の一つは、ブースに中国人スタッフと北京支社から呼び寄せたドイツ人のスタッフ、アトラクションとして中国書道のマイスターを配置しての中国市場向けの布陣。ここでは日本語は影が薄い。

 会場を出て、まず旧市街に向かった。ここに限らず、ドイツの街はマルクトプラッツ(市場広場)が旧市街の中心になっている。ヴィースバーデンの旧市街の中心には、マルクトキルヒェ(市場教会)や市庁舎、州議会の議事堂などが並んでいる。

 マルクトキルヒェは、ネオゴシックの立派なもの。州議会(市内宮殿)は、議事堂というよりはホテルような雰囲気。

マルクトキルヒェ

マルクトキルヒェのファサード

州議会議事堂(横から)

ヴィースバーデン市庁舎


旧市街の通り

ヘッセン州州議会議事堂

ヴィースバーデンの北と東は丘になっている


 観光スポットとしては、この他にロシア人教会(正教会)、カジノ、テルメバート(温泉浴場)などがあるが、フェアで会場を歩き回ったせいか、疲れが大分足に来たので諦めて中央駅へと足を向けた。

 ロシア人教会は、Nerobergという高台にあるが、そこに登るのにはNerobergbahn(ネロベルクバーン)という保存ケーブルカーがあり、乗ってみたがった。このケーブルカーは、インフォメーションでもらったガイドによれば、1888年に敷設されたもので、Wasserballastで運用されているとのこと。400 mで83 mを登るそうだ。Wasserballastとは「水バラスト」と言う意味。ケーブルカーは、上り下り二両の車両のバランスで運行を容易にしている。ただし下りの車両を常に重くすることができれば、電気や蒸気などの補助動力がなくても動く。それを実現するために車両(ゴンドラ)に水タンクを備え、山頂側の駅に着いたゴンドラのタンクに水を入れ、谷底側の駅に着いたゴンドラのタンクを空にすれば、あとはケーブルを止めていた力を緩めれば車両が動き出す。水の位置エネルギーをそのまま動力に使う原始的な仕組み。

 また鉄道趣味人には、Nassauische Touristik-Bahn(ナッサウ観光鉄道)という保存鉄道があるようだ。ガイドによれば50年代の蒸気機関車と20世紀初頭の客車があるとのこと。

 仕事のための旅行なので仕方がないが、日帰り旅行にしたのが残念。一泊くらいして温泉プールにも入るべきだったと後悔。いつものことながら先に立たず。(つづく)

 

2012年10月25日木曜日

ICEスプリンターでヴィースバーデンへ日帰り出張(1)

 先日、所用があってヴィースバーデンを日帰りで訪問したが、その際、初めてICEスプリンターを利用した。ヴィースバーデンは、日本人にはあまりなじみがないが、フランクフルト・アム・マインのあるヘッセン州の州都。そしてICEスプリンターも、よっぽど鉄の気がない限り、同様になじみがないだろうから、解説しておくと、ドイツの新幹線ICEの中でも限定された駅にしか停車せずに快速運転するICE。私の利用したベルリン-フランクフルト間では、朝夕一往復しか設定されていないから、最初期ののぞみ号のようなイメージでとらえるとわかりやすい。朝のICEスプリンターは、ベルリンを出るとどの駅にも停車せずにフランクフルトまで走り続けるビジネス列車。ベルリンでは、始発のズュードクロイツ、中央駅、シュパンダウに停車。

ベルリン・ズュードクロイツで発車を待つICEスプリンター


 全席指定で、のぞみ号のようにICE料金+特別料金が必要になる。利用には予約が必要という前提になっているが、乗降口で切符をチェックするわけではないので座席指定無しで乗り込んで車内で精算することもできるようだ(正確な情報についてはドイツ鉄道にお問い合わせ下さい)。

 10月23日の未明、パリに行ったCNLと同様に今回もベルリン・ズュードクロイツから列車に乗り込む。午前6時、定刻通りICEスプリンターは発車し、ベルリン中央駅とシュパンダウ駅で乗客を乗せて高速線に入ると一路フランクフルトを目指す。

 私が今回利用したのは、普通車コンパートメントの通路側の席。ICE1及び2のコンパートメントは、車両の端に設置されており、一つのコンパートメントには6人分の座席があり、窓側には大きめのテーブルが備えられている。窓側の二列と通路側の一列の間には飲み物を置けるすき間がある。座席は開放室のものと同じで横三列の配置だから、横四列の開放室よりも空間を贅沢に使っているはずだが、料金は同じ。向かい合わせなので満席なら足を投げ出せない窮屈さがあるが、落ち着いたヨーロッパの雰囲気を楽しめる。もっともそれは同室の人に左右されるだろうが。

 今回、フランクフルトへ向かう6人コンパートメントには、私とビジネス目的らしい女性が一人の合計二人の利用。かなり快適な旅になりそうだ。

2等車コンパートメント


 ベルリン・シュパンダウとヴォルフスブルクの間は、高速線なので列車はほぼ200 km/h以上の速度で巡航。コンパートメントにいると速度を示す表示が見えないが最高速度の250 km/hが出ているのではないだろうか。ヴォルフスブルクを過ぎ、最短距離ならここからブラウンシュヴァイク方面へ向かうはずだが、列車はそのまま西に向かいハノーファーを過ぎてから進路を南へ向けるようだ。

 ハノーファーには止まらないが、市内を通過し順調に走り続ける。まだ朝が早く外は真っ暗。ときどき街の灯が流れ夜行列車のよう。車内の乗客は、ビジネス客も多いが、大きなトランクを持ち込んだラフな服装の乗客もいるので、必ずしもビジネス客ばかりではない。一等車には朝食サービスあるようだが、二等車にはない。食堂車からコーヒーの出前がある。もちろん有料。以前、ICEに乗ったときにトレーにコーヒーを載せてコーヒー売りが来たので「後からカートサービスがありますか。ビールが飲みたいのですが」と訊いたら、持ってまいりましょうと言ってわざわざ食堂車から運んで来てくれた。申し訳ないことをしたが、そんなサービスもある。

 ハノーファーは無停車だが、中央駅を通過したのかどうか、うとうとしていて確認できなかった。おそらく通らなかったのではないだろうか。

 もう高速線ではなく、在来線を高規格化した路線を通っているため速度がぐっと落ちる。ICEは、ドイツの新幹線だが、走るのはすべてが高速線ではないし、その高速線もすべてがICE専用ではないというところが日本の新幹線と大きく違うところ。このスプリンターの場合も、最高速度は260 280 km/h(HUHさんのコメントを参照)が出る車両だが、最高速度で走り続けるのはあまり長くはない。新幹線と言うよりは高速化した特急。ICEとはInterCity Expressだからまさにその通り。昔IC、つまりInterCityを特急と表現していたので、ICEはその上の超特急ということになったが、実は現在ではICEを特急、ICを急行とした方が、わかりやすいのではないかと思われる。但し、ここは意見が分かれるところだろう。

 列車は速度を落としながらも順調に走っているかと思われたが、小さな駅へさしかかって急に動かなくなった。大分明るくなってきた車窓の外を見ると駅にはFliedenと書かれている。

 しばらくして停車の理由がNotarzteinsatz、つまり急患であるというアナウンスがあったが、かなりの時間的ロスが出たようだ。その後列車は、スプリンターというほどの速度が出ずに、のろのろと走り続ける。既にフランクフルト到着時刻を過ぎたが、まだハーナウ辺り。ビジネス客の多くは携帯電話を取り出してさかんに遅延の連絡をとっている。

 列車は、遅れを出してしまったことから、本来高速で走るべき割り当てられたダイヤのすき間を失ってしまったのだろう。ローカル列車に挟まれて身動きが取れないと言った走り方をする。走っては徐行し、止まってはまたのろのろと走り出す。

 会議やアポイントメントのあったビジネス客は、心中穏やかではないだろう。フランクフルト空港からのフライトを予約していた旅行者も気が焦るだろう。しかしこればかりはどうしようもない。日本の新幹線のように専用線を走るなら大きな遅れを取り戻すことはできないにしても、問題が解決すれば高速での走行が再び可能になるのだろうが、在来線を走る特急は一度遅れを出すとますます遅れが拡大する。

フランクフルト中央駅に到着。お疲れさまでした。


 結局、フランクフルト中央駅に着いたのは、予定の9時42分を1時間以上過ぎた10時57分。ヴィースバーデンへ向かうのに乗り継ぐ予定の列車はとっくに出てしまったが、Sバーンは頻繁に出ているので、あまり問題はない。地下ホームからライン・マイン地方のSバーンに乗り、フランクフルト空港のローカル線駅を経て30分あまり、ヴィースバーデン中央駅に到着。この路線、貨物線になっているのか、頻繁に貨物列車とすれ違った。Sバーンの車両は、ベルリンでは見かけないタイプなので私には新鮮。

 到着したヴィースバーデン中央駅は、小さいながらもすべての列車がここで折り返す、櫛形ホームを備えた頭端駅。ドイツ語ではKopfbahnhofという。駅舎はなかなか立派で、ちょっとハンブルク港のターミナルを思わせる造り。

ヴィースバーデン中央駅

ヴィースバーデン中央駅のホーム。


 ヴィースバーデンは州都と言ってもフランクフルトに比べると小さな街で、私の今回の訪問先である展示場/コングレスセンターのライン・マインホールは歩いて数分。
(つづく)


2012年10月17日水曜日

CNLの夜行列車でベルリン-パリを往復(8)

 まだ非常灯しかつかない薄暗い車内に入る。ご乗車下さいというアナウンスはないが、ドアはロックされていないし、ベッドもセットされているのだから遠慮は要らないと判断した。入線するまで窓が閉められていたせいなのか、車内の空気が悪い。車両も窓が汚れかなりの老朽化が感じられるが、窓を開けると華の都の夕暮れの風が入ってくる。女房はもう日本へ帰る機内で夕食でもとっている頃かもしれない。

 自分の席に就き、仕事の続きを始めるとやがて灯がついた。機関車が連結され電気の供給が始まったものと見える。車内のコンセントにパソコンの電源アダプターのプラグを差込む。
 出発の15分前になると、同室の乗客が入ってくる。最初は初老のドイツ人男性。次は中年の男性。この人もドイツ語を話す。初老の男性に私は挨拶した。グーテン・アーベント! ドイツ語話すんですか、と彼。はい、パーフェクトではありませんが、と私。それは有り難い、と初老の男性。こんなやり取りがあった。同室になった以上、深く話し込むことはないにしても自分の言葉で意思疎通できるのは、やはり有り難いのだ。
 これで3人の乗客がそろった。最後の一人は、発車間際に乗車してきた。髪の毛は長いが、これも若作りの中年男性。見事におじさんばかりがそろった。若い人が横になれれば楽だと思って簡易寝台を選ぶなら、バースに空きがある限り少しでも安い6人部屋を選ぶだろう。簡易寝台ではない(本格)寝台車の料金が高価過ぎる、あるいはその本格寝台の閉鎖的な空間は避けたいが、少しでも楽に旅行したいと考えて4人部屋を選ぶのはこういう面々である。

 最後に入ってきた男性は、パリであった建築関係のカンファレンスに出席した帰りだと言う。話してみると気さくな男だが、私がベルリンに住んで何をしているのかとか、ちょっとこの年のドイツ人にしては、そして車内でたまたま会ったにしてはプライバシーにまで踏み込んで来るので何か違和感を覚える。そして語尾で、まぁ、とか、へぇ、とかと日本語に似た反応をする。もっとも、ヘッセン州の一部では「ねぇ」と日本語の同意を求めるときのような音を言葉の最後につける地方もあるので、こういうドイツ語もあるのかと思っていたが、間もなく彼が何ものであるのかがわかった。彼は、日本在住のドイツ人研究者で、パリでのカンファレンスには日本から来たのだとか。

 その彼、大学は出たもののならぬ、大学院は出たものの+博士号はとったものの、職がなく将来を悲観している。実はその話を聞くと身につまされる、と言っては、ちゃんと博士号まで取得できた彼に申し訳ないのだが、自分の身に照らし合わせて名状し難い感情がこみ上げてきた。その件では、お互いにいろいろ話すことがあり、途中からは日本語も交えて話し込んだのだが、同室者も他にいることだし、お互いに眠気を催してきたことなので休むことにした。時刻は22時近かっただろうか。

 私とそのドクターが上のバースを使い。下を初老の男性とおとなしい中年男性が占めた。その二人は途中ハノーファーで下車するとのこと。初老の男性が、鍵は上に一つ、下にチェーンキーが一つあるので、外に出て帰って来たらこれをロックするようにと説明する。かなり旅慣れているようだった。

 今回も鼾が聞こえてきたのだが、前回と違って許容範囲。パリで一日歩いたこともあり、仕事があったせいもあり、疲れてよく眠れた。

 早朝、下のバースの二人が下車して行くのが感じられ目が覚めた。列車はハノーファー中央駅に到着しているようだ。もう少し寝ていたいところだが、のこのこと起き出してホームに出てみる。列車は、ちょうどハンブルク行きの編成を切り離す最中で、間もなくテールランプの赤色を後に出発して行った。

ハノーファー中央駅にて、ハンブルク行きの編成が発車


 こちらは寝台車に赴き列車給仕からコーヒーを求めて車室に戻る。同行のドクターも起き出してきた。彼もまたコーヒーを調達しに出て行った。私は昨夜の残りのサンドイッチを朝食として片付け、車窓を眺める。暗かった景色が明るさを増していく。夜が明けた。ハノーファーから先、ベルリンまでは単調な風景が続くのだが、それでもこの時間の景色を見たのが初めてということもあり、何か新鮮に感じる。

 列車はほぼ定刻でベルリン・シュパンダウ駅に到着。ベルリンからパリに行くよりも、パリからベルリンに戻って来る方が、時刻表の上で1時間ほど所要時間が短い。三つの編成を一つに連結する作業よりは、一つの編成を三つに分ける方が時間がかからないということか。
 私はドクターに、また会いましょう、と別れを告げて通勤時間にさしかかったシュパンダウ駅で下車した。(完)

こちらは二等座席車。3席同士が向かい合っているが、足を前に伸ばしてもぶつからないように列が互い違いになっている。少しリクライニングもするが一晩ここで過ごすのはかなり辛そうだ。CNLは、日本の高速バスのようなリクライニングシートを売りにしていた時期もあったが、パリ発の列車にはそれはなく、座席車はみなこのようなコンパートメントタイプ。