ご挨拶

乗り物好きを自任していましたが、このところ徒歩での旅行がマイブームです。
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2014年5月21日水曜日

徒歩旅行 E11 ベルリン横断(2)(ポツダム広場 (U2 Potsdamer Platz) 〜トレプトワーパーク (S Treptower Park) )

 前回に続き、今回(5月4日午後)も欧州長距離遊歩道 E11 をたどりベルリンを東へ向かって横断する。

 出発地点は前回の続きでポツダム広場。ベルリンでもっとも高層化が進んだ界隈だが、せいぜいこんなもの。ベルリンはまだまだ平べったい街のままだ。

Potsdamer Platz

 ポツダム広場を後に E11 は、ラントヴェーアカナール(運河)を目指して南へと伸びる。


 道はアンハルター・バンホーフ(駅)の脇を過ぎる。この駅は戦前ベルリンの主要鉄道駅の一つだったが戦災にあって今は地下を都市近郊鉄道(Sバーン)が通るのみ。瓦礫の一部が保存されて残されているというのは多くの旅行案内に書かれている通り。

Anhalter Bahnhof


 今、運河へ向かって歩いているのが、シュトレーゼマンシュトラーセ(通り)。21番地にこんなしゃれた入口を見つけた。モザイクの柄とステンドグラスが凝っている。

Stresemannstr. 21

 さらに進み、地下鉄のハレシェストア駅近くに来るとビリー-ブラント-ハウス、つまりドイツ社会民主党のビルが見える。日本では影の薄い社会民主主義だが、ドイツでは連邦議会では野党に甘んじているものの、そのプレゼンスは健在。ベルリン州では現在も与党の座を占めている。

Willy-Brandt-Haus

 ハレシェストア駅で運河を渡る。ここからではよくわからないが、この地下鉄駅(この付近では高架鉄道の駅)は、危ういほどに運河上にはみ出している。そこまでしなくても土地は十分にあっただろうに・・。しかしここを建設した当時、設計者や施行主は、こういう建設に「未来的なもの」を感じてわざとこういう作りにしたのかもしれない。ブッパータールの空中鉄道(懸垂式モノレール)に乗ったことを思い出す。


U Station Hallesches Tor

 ここからは運河に沿って東へと向かう。運河沿いは絶好の散歩道、ジョギングコースになっている。今回は徒歩だが、遊覧船に乗って水上から運河沿いのプロムナードを眺めるのも楽しいかもしれない。


Landwehrkanal

Promenade des Kanalufers

 運河沿いを歩き、ワーテルロー・ブリュッケ(橋)(「ウォータールー」ではないだろう)を過ぎるとアルテス・ツォルハウスという建物の前を通る。現在はレストランになっているが(ミシュランガイドにも紹介されているそうだ)、「旧税関舎」という名前からして昔は入市税を徴収した税関だったのだろうか。


Altes Zollhauf

 そしてその先に運河が少し広くなったところへ出る。ここは Urbanhafen、これも「アーバン・・」ではなく「ウルバンハーフェン」と読むべきなのだろう。つまり市港。前の税関と合わせて考えれば、ここはかつての港でベルリンの周辺から川と運河を使って運ばれた貨物が陸揚げされていたところか。
 今は遊覧船が繋留されていて、レストラン船になっているものもある。もう少し暖かければこんな船の上でビールを呑むのもいいかもしれない。この運河沿い、ビアガーデンもある。夏が待ち遠しい。

Urbanhafen

Schiffe im Hafen

 ウルバンハーフェン(港)の東側の入口になっているのがアドミラルブリュッケ(橋)。雰囲気のある橋の素材は鋳鉄だろうか。 この辺り、どことなくパリの北運河を思わせる。

Admiralbrücke

 その先のプランウーファー(河岸)通り。この辺りはクロイツベルク地区。クロイツベルクというと庶民の街という印象があるが、この運河沿いの通りにはこんな立派なファサードの住宅が軒を連ねている。

Planufer

 この運河から北東へと曲がる。豪奢な住宅を紹介したが、やはりクロイツベルクには昔ながらの庶民の街でもある。下の写真は、ミートカゼルネと呼ばれた大規模集合住宅の名残だろうか。建物が裏へと幾重にも連なっている。住宅だけでなく町工場も入居していそうな雰囲気だ。

Mietskaserne?

 しばらく行くとゲールリッツァーバンホーフ公園に至る。バーンホーフ(鉄道駅)という名前からわかる通り、かつての駅の跡地に公園ができている。下の写真には、敢えて撮らなかったが、この公園、実はかなり怪しい雰囲気。歩いていると、アフリカ系と思われる男たちが盛んに声をかけてくる。マリファナ等の売買が行われているようだ。そういうニュースは何度か聞いたことがあったが、これほどまでとは思わなかった。以前もこの公園へは立ち寄ったことがあったが、たしかに当時からちょっと怪しい雰囲気はしていたが、家族連れも多くそれほどではなかった。今回は、これは「やばい」という感じがした。危険な目には遭わなかったが、ここを通るのは用心した方がよさそうだ。



Görlitzerpark

 公園を東の端から出るとそこには廃線跡とおぼしき橋梁があった。かつては駅に出入りする列車が盛んに通過していたことだろう。

Ehemalige Eisenbahnstrecke?

 街中のトレイルは、シュレジッシェ・シュトラーセ(通り)を進む。岸沿いに歩いて来た運河がシュプレー川と接続する地点が見える。

Schleuse zur Spree

 この辺りはベルリンっぽい雰囲気。

Café? am Ufer

 そして泣く子も黙る東西ベルリン通過点の監視塔。ここから前はかつての東ベルリンということになる。

Beobachtungsturm

 最後の写真は、プーシキンアレー(並木道)。立派な街路樹が連なり、この先のトレプトワーパーク(公園)へと至る。プーシキンといえば、ロシアに限らず世界的文学者であることはたしかだが、そんな名前が見られるのは東ベルリンに入った証拠。

Puschkinallee

 今日はポツダム広場を出発したのが15時30分。そして終点のトレプトワーパーク駅に到着したのが17時30分。ハイキングガイドによれば、この区間は10 kmあまり。

 今回もベルリンの街の中の緑をたどっての散策となったが、管理された自然とは言え、その豊かさには脱帽。その他にゲールリッツァーバンホーフ公園では、管理されていない人間の欲望も目の当たりにした。しばらくはその公園を舞台に管理する側と野性の戦いが繰り広げられることだろう。

 最初ポツダム広場でベルリンの壁の後を越え、最後に徒歩で東西ベルリンの境を通過したのだが、通りの名前を聞いただけで東に入ったと感じられる体験はベルリンならでは。マルクス、レーニン、スターリンと言った社会/共産主義のビッグネームはあらかた改名されてしまってかつての名前が復活したが、文人を中心にまだまだロシア人の名前がついた場所も多い。これもベルリンの個性と言えそうだ。




2013年6月27日木曜日

ハンブルク港誕生祭を見学に(5)まだ時間があるのでちょっと遊覧

 Cap San Diegoのデッキから入港してくる船を観察したが、もう入港のピークは過ぎていてしかも逆光でいい写真は撮れなかった。仕方がないのでプールデッキでビールと焼きソーセージで腹を満たして帰途に就くことにした。

プールと言っても水浴びができる程度のサイズ。それでも赤道を越える暑さ凌ぎにはなったのだろう。

 しかし今日はよく歩いた。船から出るともうくるぶしの辺りが痛い。足の裏が辛い感じ。桟橋周辺に接岸する帆船を見て駅に向かった。

各国の練習帆船の他に、クルーズを行う帆船も。ヨーロッパにはこういった中型?帆船によるクルーズも多い。

 ただ何かちょっと物足りない。やはり港巡りをしないで帰るのはではつまらない。地下鉄の駅を向かう途中。遊覧船の案内が出ている。出航は5分後。1時間の遊覧は列車の出発までの時間をつぶすのにもちょうど良い。ここは渡りに船と乗り込むことにした。

 以下は遊覧船から撮影した写真。窓越しなのであまり画質が良くないがお許しいただきたい。




 やはり何と言っても目玉はこれ。前夜に命名式を終えたばかりのEuropa 2。1のデザインを踏襲しているが、時代の流れには逆らえず大型化し、ベランダ付きのキャビンが多くなった分、船としての美しさは低下。



 こちらは客船ターミナル接岸したアイーダクルーズのAIDA luna。


 遊覧船は運河を巡って再びEuropa 2に接近。現Europa (1)は、Die schönste Jacht der Welt(世界で最も美しいヨット)と言って宣伝されていた。それでもヨットと呼ぶには大き過ぎた他が、2はさらに多くなった。


 遊覧船がオイローパ2に最接近。


 船と言うよりはホテルか。



 ブレーメンのビールBecksの宣伝に使われていた帆船?


 Cap San Diegoにも近づく。順光だが曇ってもいて写りが悪い。



 建設中のオペラハウス。完成すればハンブルク港のランドマークになるだろう。




 遊覧船は桟橋に戻ってきました。川船に作られた教会が停泊中。


 この後、疲れきった足を引きずり、地下鉄で中央駅へ。帰りの列車は、行きに乗った編成がSyltから戻って来たもの。食堂車もなく車内販売もなく、ベルリンまでは寝るだけ。それでも心地よい疲れと揺れでベルリンまではあっという間。

 いろいろとあった一日だったが、ハンブルクの港誕生祭を堪能。博物館船は、また訪れたいスポットになった。


2013年5月25日土曜日

ハンブルク港誕生祭を見学に(3)港誕生祭へ

 朝早い列車でベルリンからはるばるハンブルクまで来て、人気のない寂しい通りをすたこら歩いて貨物埠頭までやってきたのに、目的のAstorの内覧は許されず、意気消沈して市街地のウォーターフロントに引き返す。
 くよくよしても始まらないと気を取り直してハンブルク港の旧客船ターミナルへ。横浜で言えば大桟橋のような歴史のあるターミナルだが、現在は港巡りの遊覧船中心の桟橋になっている。趣のある石造りの建物の周りは歩行者天国になっていて祭り見物の人々で賑わっていた。




 そして港には誕生祭に集まった帆船や客船が多数停泊し、さらにひっきりなしに集まってくる。こんなにたくさん一度に集まってエルベ川の河口にできた港が船でつまってしまうのではないかと心配するほど。港のプロムナードを歩いていると、博物館船リックマースの後ろをフェニックスライゼンのMS Artaniaが通り過ぎる。


 プロムナードにいればまだまだ入港してくる客船を観られそうだが、かなりの人ごみなのでどこかゆっくりと船を見物できるところを探しているとこの船が目に入ってきた。これはハンブルク港の保存船MS CAP SAN DIEGO。保存繋留されているのは山下公園の氷川丸と同じだが、実はこの船動態保存。一度訪ねてみたかったのだが機会がなかったのだ。


 次から次へと大型クルーズ船や帆船が入ってくるのに、この保存船に入ろうと言う物好きはそうは多くはない。デッキに上がればここからでも入港してくる船をゆっくり眺められそう。というわけで入館決定!

 消沈した気分がだんだんと浮上をはじめた瞬間。

2013年5月13日月曜日

ハンブルク港誕生祭を見学に(2)Astorの見学に来たのだが・・

 ハンブルク中央駅に10時半に到着。ここまでは順調。ここからSバーンに乗り換えてVeddelという駅へ。線路の向こう側では、港祭りだというのに、海には目を向けず列車に向けられたカメラの放列が。ほどなくHKXの列車が通過。皆さんこれを撮りに来ていたようだ。この列車も一度乗ってみたい。たしかTEEの車両が使われている。

 話をこちらに戻すが、今日この駅に来たのはAstorというクルーズ船の内覧に参加するため。この近くのO'Swaldkaiという岸壁に停泊している。駅からは、その岸壁までは遠くはなさそうだが、何しろ客船ターミナルではなく貨物用の岸壁なのでだだっ広い港湾施設をとぼとぼと歩いて行く道のりは実に不安。整備される前の横浜新港埠頭はこんな感じだったのではないだろうか。刑事物のドラマで、犯人を追いつめるのはこんなシーン。

 駅を出てまずはこんなところを通って港湾地帯に入る。


 監視所のようなところに張り紙がある。この先には港湾博物館があるらしいが、そんなところに行く物好きはそう多くはなさそうだ。


 付近はこんな感じ。石畳の舗装道路と煉瓦作りの現役倉庫。港湾都市ハンブルクを感じさせる風景が広がる。


 そして目的の船が見えてくる。黄色い煙突は元Hapag LloydのColumbus、現Hamburg。その後ろが目的のAstor。



 貨物用の埠頭O'Swaldkaiは、国境地帯になっていてこれ以上の撮影はできない。埠頭に近づき、内覧のための受付に並ぶ。参加するのはやはり高齢の方々が多いが、手続きに手間取っているのか、長い列はなかなか短くならない。やっと私の番になったのだが、ここで哀しい出来事が・・。

 Transoceanクルーズ社からの招待状がメール配信で来たので、それにしたがって内覧に申し込み、身分証明書にパスポートを持ってベルリンからやってきたのだが、受付では私の名前は登録されていないと・・。確かにメールで登録書式を送ったのだが。

 招待状はお持ちではないのか、船のスタッフに知り合いはいますかと受付のスタッフは訊いてくれたが、招待状を持ってくるようにとは指示されていなかったので持って来なかったし、スタッフに知り合いはいない。万事休す。

 楽しみにしていた内覧だったので残念ではあるが、食い下がってもみっともないので潔く諦めることにした。こういうのを縁がなかったと言うのだろう。寂しい道を駅へと引き返すとショックが身にしみるが、仕方がない。帰りの列車まではまだ時間がたっぷりある。港祭りもあるし、他の楽しみを探せばいい、と自分に言い聞かせて歩いていた。

2011年10月2日日曜日

ベルリン大環状線を行く -(1)南リング

久しぶりに乗り物ネタです。

「統一の日」を明日に控えた10月2日(日)、ベルリンを囲む大環状線に乗ってきました。ベルリンには市の中心部にSバーンの環状線がありますが、今日紹介する大環状線はベルリンの郊外をぐるっと囲む路線で貨物列車の迂回路です。東京でいえば武蔵野線のような存在。

今日はその大環状線の南の部分、ドイツ語で言うところのSüdringに乗ってきました。



まず向かったのは、ユネスコ世界遺産で有名なポツダム。ベルリンからだと今はS7という通勤電車で行けます。10分間隔で運航しているのでとても便利です。1990年に私が初めてベルリンに来たときは、まだこの路線はポツダムに通じておらず、Wannseeという途中までしか行っていませんでした。そこからポツダムは直ぐなのですが、当時は壁が崩壊したばかりで交通機関が整っていないようでした。当時の『地中の歩き方』には、ベルリンからポツダムに鉄道で行くには、市の南東に位置するシェーネフェルト空港まで行って、今日これから紹介する環状線でポツダムに行けと説明されていました。そうなると非常に遠回りになります。



ポツダム中央駅は、以前はPotsdam Stadtと言って、中央駅は別のところにあったようです。中央駅と言ってもただの乗り換えのための駅だったようでかなり郊外に位置していました。今の中央駅は市街地に近く、名実共に中央駅です。大改装の末にきれいな駅になりましたが、ドイツ鉄道の新幹線ICEのルートからは外れてしまいました。


上の写真はそのポツダム中央駅の正面玄関。左の塔は給水塔を改造したものでしょうか。

この駅から南リングの列車が出発します。


ホームに入っている赤い列車は、RB22の列車です。RBとはReginal-Bahn(レギョナルバーン)の略で、ローカル列車(鈍行)です。路線は電化されているのですが、この列車は気動車です。


車内はこんな感じ。固定式のクロスシートが並んでいます。車両は低床ですが、車両両端は一段高くなっています。ここのジッツ(座席)を占めることにしました。車内で退屈だったときのために山崎豊子『白い巨塔』を持って来ました。こちらはジッツ(ポスト)を巡る熾烈な争いが描かれています。


車窓から観たポツダムです。こんなふうに列車は湖沼地帯を通って東へと進みます。

普段はこの列車がシェーネフェルト空港まで直行するのですが、今日は工事のため途中からは代行バスです。乗り換えはエレベーターもスロープもない田舎駅で、空港へ向かうトランクを抱えた乗客には気の毒でした。私も一つはお手伝いしましたが、ドイツ人はかなり力持ちで、ご老人でも荷物を抱えて階段を登っていました。


バスに乗り換え、ポツダムから1時間あまりでシェーネフェルト空港駅に到着ですが、途中で建設中のBBIベルリン・ブランデンブルク国際空港のターミナルが見えました。


この空港は、シェーネフェルト空港を大拡張して出来上がる首都空港なのですが、今のところ日本への直行便開設の話は出ていません。この空港ができるとベルリンの空の玄関はこちらに集約されますが、ドイツの航空地図は直ぐには塗り替えられず、これまでと同様にフランクフルトミュンヘンがハブのままでしょう。ベルリンの空港もいずれはベルリンに留まらず、ドイツの空の表玄関になっていくことと期待していますが、いつのことになるか・・。開港、というよりも新装オープンは来年の6月です。

下の写真は、現シェーネフェルト空港駅。何とも東ドイツっぽいたたずまいです。将来は、空港駅は、空港の地下に移り、ターミナルに直結するようになりますので、こちらの駅舎は放っておかれているようです。



そして現在の空港ターミナルがこちら。


東西ドイツ統一後、ターミナルは増築されましたが、メインターミナルはほとんど当時のまま。完全に地方空港の規模で、金色の遮光ガラスが東ドイツの雰囲気を伝えています。市の中心部にあった東ドイツの議事堂もこんな感じでしたね。


ターミナル内はこんな感じです。かなり手狭。



送迎デッキに出てみると見慣れない塗装の小型機が・・。ベラルーシ航空のようですね。機種は何でしょうか。ヤコブレフでしょうか。いやチャレンジャーかな。
その他、ヨーロッパではおなじみのeasyJetなど、ローコストエアーが乗り入れています。


空港ターミナル内をうろついて、ビールでのどを潤し、空港駅から帰途につきました。ここからベルリン中央駅までは現在45分くらいですが、BBIができると連絡列車がショートカットで空港と中央駅を結ぶことになるようです。開港と同時に運行が開始できるかは微妙だと聞いていますが。

今日は天気もよく、楽しい散策になりました。