ご挨拶

乗り物好きを自任していましたが、このところ徒歩での旅行がマイブームです。
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2018年4月4日水曜日

ベルリンの街中で鰻を発見(画像あり〼)

 4月2日は、イースターの月曜日で、祝祭日の少ないベルリンもお休み。皆、休暇旅行に出かけてしまったのか街はひっそり。こういうときに散歩をするといつもは見つからない街の「宝物」「珍品」に出くわすことがある。

 私が見つけたのは、私の好物の鰻! 最近、店頭に並んでいないと思ったらこんなところに・・。

 場所は、私が散歩の途中でよく冷やかすRogackyの建物。いつも通っているはずなのに、これまでこんな可愛い鰻がいることに気がつかなかった。私にとっては、何よりの復活祭のプレゼントだった。これだからベルリン散歩はやめられない。

ベルリンの黄金鰻(Rogackyにて)




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2018年3月11日日曜日

フランス語が聞こえるカフェ、Le Bretagne (ベルリン・シェーネベルク)(画像あり〼)

 先週のことだが、シェーネベルク地区にあるカフェ、Le Bretagneを女房と一緒に訪問した。女房はドイツ語が苦手なので得意のフランス語の通じるカフェにでも連れて行こうかと、また私も自分のフランス語が通じるか試してみようではないかと、シェーネベルクのヴィンターフェルトプラッツ(広場)界隈ではフランス人経営のお店として有名なこのLe Bretagneを選んで行ってみたのだ。

 店に入るとフランス風のトルテがショーケースに並んでおり、奥に入り席に着くと、隣の席ではフランス語で会話をするお客さんが座っていてフランスに来たような気分になった。

 注文もフランス語でしたみたところ、髭を蓄えたウェイターさん?は、私の下手なフランス語をわかってくれたようなのだが、どうも私が考えていたものとは別のものが出てきてしまい、自分の発音の拙さを反省し、想定外のお菓子との出会いを楽しむことになった。これも美味しかった。

 お勘定もおフランス語で、と思って言ってみたのだが、ウェイトレスの女の子は、フランス語できないのよ、と申し訳なさそうに言うのでドイツ語に変えて済ませた。彼女の表情やお客さんの様子を見ると(本当の)フランス語で注文しようとするフランス人客も多いのかもしれない。

 お土産にミニバゲットを一本買って家で食べたが、やはりフランスを感じさせる味だった。フランス語は十分には使えなかったが、ベルリンにいて異国情緒を味わった一日だった。また行こう!



想定外のチョコレートケーキ、美味しかった!


お店の外観


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2018年2月22日木曜日

Bullenkloster(雄牛の修道院)(画像あり〼)

 ある夏の日のこと、私は散歩でシャルロッテンブルク区のDanckelmannstraße(ダンケルマンシュトラーセ(通り))を歩いていた。茶色の建物の前を通りかかり、ふと見上げたが、私は自分の目を疑った。

 目鼻立ちの整った黒髪の女性が形の良い胸をさらけ出してタバコを燻らせていたのだ。私の目は、男の本能からか動かなくなってしまったのだが、視線に気がついたのか、彼女は私の方に目を向けるとニコッと微笑んで奥へと姿を消した。大学は夏休みに入っていたが、女学生が火照った体を朝の風にでも当てて涼んでいたのだろうか。

 私は魔法にかけれらたようにしばらく動けなかった。

旧独身男性寮(現学生寮)


 そこは、ベルリンの学生組織が運営する学生寮だが、もとは20世紀の初頭に建設された男性労働者向けの独身寮。付近の住民は、Bullenkloster、直訳すれば「雄牛の修道院」と呼んでいた。「雄牛」とは「独身男性」のこと。筋骨隆々とした男性をイメージすればいいだろう。

 当時は、労働者、職人の独身男性は、自分の部屋ではなくベッドを借りて夜にはその寝ぐらに帰るといった生活をしていた。日本で言う簡易宿泊所をイメージすれば良いのだろうか。

 そんな独身者にせめて個室を提供しようというプロジェクトが、財政が豊かだったシャルロッテンブルクで起こり、この建物が建てられた。当時の一部屋の面積は6平方メートルで月の家賃は10マルクだったとのこと。自分の個室を持つというのは、当時の労働者には望み得ない贅沢だったそうだが、独身男性労働者の居住環境改善の嚆矢となったとのこと。

 建物は70年代には放棄され、改修の後に学生寮になった。建設当時、男性専用で女性の訪問は固く禁じられていた建物に、今では女学生も住んでいる。

 この建物の前を通ると、私は必ず彼女の姿を思い浮かべ、その口から紫煙が上った窓のあたりを見上げるのだが、その姿は二度と見ることはない。今では私の記憶も煙のように消えようとしている。

参考リンク:WH Danckelmannstraße




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2018年2月11日日曜日

トルコチョコレート(画像あり〼)

 トルコ系スーパーマーケットを利用するになったのはいつのことだったろうか。野菜を調達するのに入ってみたのだが、ドイツの普通のスーパーよりも安く、品質は同程度かむしろ新鮮。狭い売り場が賑わっているという印象があり、品物の回転がいいのかもしれない。豚肉は望めないが、牛、羊、鳥のおも安い。ドイツ系のスーパーにはない穀類豆類があり、有機食品ショップ(「ビオラーデン(Bioladen)」と呼びます)やアジアショップよりも安い。

 店舗はちょっと古びていて商品が所狭しと並び、そのせいか店内が薄暗いこともあるのだが、最近では、ショッピングモールの中にも進出していて、商店街のヴィルマースドルファーシュトラーセ(Wilmersdorferstraße)にあるアルカーデンの中にも大きなトルコ系スーパーが入っている。散歩がてらによく探求に立ち寄る。品揃えはワンダーランドだ。

 そんな中で前から気になってはいたが手を出さなかったものがある。それがチョコレート。包装を見ると、趣味の違いかもしれないが流行遅れで野暮ったい。どう見ても美味しそうには見えない。きっと頭が痛くなるくらい甘いんだろうなという「偏見」の目で見ていた。でもなぜか気になるそのチョコレート。

トルコチョコレートÜLKER。なんと発音するのだろう。「ウュルカー?」

 このところ、そんな関心が嵩じて、ついに抑制の器から溢れてしまった。そんなに高いものではない。ちょっと買って試してみよう、と決心をして調達し食べてみた。

 結果はというと、予想した通り、あまり美味しくない・・、のだが、なぜか懐かしい味。ピスタチオの入ったチョコレートだが後を引いて、一度で食べつくしてしまった。この懐かしさは、どこから来るんだろう。

懐かしい板チョコといった感じ。ピスタチオ入り。

 あ、そうだ。これ駄菓子屋のチョコレート! 悪くないね。ビターチョコホワイトチョコもあるので、次回はそれも試してみよう。

 レジで購入するとき、お店の人がニヤッと頬笑みを見せたが、お前もこのチョコレートの良さがわかるのか、という疑いの混じった共感だったのかもしれない。

 トルコ系スーパー万歳!


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2018年2月8日木曜日

寒さでリーツェンゼー(湖)が凍結(動画あり〼)

 この冬は暖かかった。凍結することもないかと思っていたが、このところの寒さで私の散歩道でもあるリーツェンゼー湖が凍結した。今日2月8日の最低気温はマイナス10度、この映像を撮影した時もマイナス5度だった。あと数日もすると市民がこわごわと氷上に繰り出すことだろう。

 冬の間、閉じていることの多い湖畔のボートハウスカフェ)もスケートをする市民で湖が賑わえば、臨時に営業するかもしれない。動画で撮影したのでベルリンの冬景色をお楽しみいただきたい。



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2018年1月24日水曜日

私の散歩道 - リーツェンゼー公園(画像あり〼)

 シャルロッテンブルク地区、ベルリンSバーン内の最西部にリーツェンゼー(湖)というゆがんだ瓢箪状の湖があり、その周囲は公園になっている。湖の周りは、公園内と一般道がプロムナードになり、一部を除いて湖面を見ながら湖岸を一周できるようになっている。一周すると30分くらいだろうか。

 瓢箪のくびれた部分の上をNeue Kantstraße(ノイエ(新)・カント通り)が通っているが、その部分はトンネルが湖の両側を結んでいる。

リーツェンゼー湖の両側を結ぶトンネル。上を通るのがノイエ・カント通り。


 この湖岸の散歩道、大げさに聞こえるかもしれないが、私の人生に影響を与えた道。散歩の習慣は、ベルリンに来て数年してからついたのだが、その頃、私の人生は完全に行き詰まっていた。ベルリンに来る時に持ってきた目標は何も達成できておらず、達成の見込みもない。アルバイトで食いつなぐだけの日々、完全に煮詰まっていた。絶望。

 そんな私にとって唯一の安らぎを与えてくれるのが、この湖の周りを巡る散歩だった。湖のほとりを歩いていたある日、ふと湖が私に話しかけているよに感じ、私は心の中でそれに答えた。

 - お前は、どこへ向かっているのだ?
 -  どこって、目標だよ。はるばるとこの街に来た理由はそれさ。
 - 目標? それって行かなきゃならないところなのか?
 - ・・
 - 人生なんて日々、同じことの繰り返しだよ。目標なんて無意味だ。
 - そうだろうか? 目標は必要だし、それがなければ進めない。
 - そうかな? お前は私の周りを毎日毎日巡っているようだが、それは意味のないことなのかな? それを楽しんではいないのか?

とそんな感じの対話をしたように記憶する。たしかに私は散歩を楽しむようになった。日々繰り返されるなんの変哲もない行事を楽しめるようになっていた。反対に「目標」が自分を苦しめているのに気がついた。

 放下著! 執着を一つ捨てることにした。そして日本に戻らずにベルリンに暮らし続けることを決めた。

トンネル内の歩道は、老朽化のために現在閉鎖中。

それから15年近くが経った。ノイエ・カント通り下のトンネルは、歩道の橋が老朽化したために現在閉鎖中。閉鎖をきっかけに私の散歩コースのバリエーションが増えた。それは、私に人生の道の選択が一つではないということを教えてくれているようだ。散歩道に感謝。

 散歩が人生を変えることもある。

 

湖岸の旧ボートハウス(カフェ):夏
南のカスカーデを望む

クノー-フィッシャー-プラッツ(広場)を望む。
湖近くの休憩施設
Pianocafe am Lietzensee - 湖は見えないが甘いケーキが食べられるカフェ。古い楽器の展示があり、時々朗読会やミニコンサートが開かれている。
Sale E Pepe - イタリア料理店。湖は見えないが、夏には屋外でワインを傾けながら涼むことができる。以前はスペイン料理店でタパスが食べられた。
Hotel Seehofのテラス - 夏の間、テラスがオープン。湖を見ながら飲食(飲むだけでも)を楽しめる。気温、風向きによっては、避けた方が賢明(湖の悪臭)。
Engelbecken - ドイツレストラン。湖は直接は見られないが、ドイツ料理とバイエルンビールが美味しいレストラン。シュニッツェルは私からのおすすめ。
Boothaus Stella am Lietzensee - 古い設計に基づいて再建されたボートハウスを利用したカフェ。湖に直接面している。Seehofと同様に夏には湖の水質悪化の影響を受けやすい。
・Manstein - Engelbeckenと道を挟んで向かい合うカフェ。



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2018年1月4日木曜日

リーツェンゼーの鴛鴦(オシドリ)(動画あり〼)

 この冬、ベルリンを含めたドイツはかなりの暖冬。毎年、暖冬なのでもう暖冬、暖冬と騒ぐ気がしないが、今年はとうとう年末まで暖房を入れていない。それは年が明けた今も続いているのだが、それは、暖冬に加えて私の血行が良くなったせいかもしれない。

 前の冬と違っていることといえば、今は1時間歩いているということ。これが効いたのかどうかわからないが、暖房を入れなくても体の内が寒くないのだ。それとも情熱が寒気を寄せ付けないのだろうか(笑)。いずれにしても、このまま暖房を使わなければ、毎月の家賃の中に含まれている暖房費が清算されて返ってくるので懐が暖かくなることだけは確実だ。ちなみに暖房費込みの家賃を「ヴァルムミーテ(Warmmiete)」、直訳すれば「暖家賃」ということになるが、北国ドイツならではの表現だ。

 今年は、夏が来ると私の在独期間が20年に達する。あっという間とも言えるが、長い気もする。日本人としてのメンタリティーもまだ消えてはいないが、だんだんドイツ人のような行動様式も身についてきた。私の血行を良くしている原因と思われる毎日の散歩、ウォーキングもドイツ人のお得意だ。1時間歩くと4キロメートルを少し超えるくらい。約1里というところか。

 決まって歩くコースも幾つかあり、近所のリーツェンゼー公園もその一つだ。リーツェンゼーとは、ベルリンの西部を通るNeue Kantstraße(ノイエ・カント通り)の両側に広がる瓢箪形の湖だが、野鳥を観察するのも楽しい。鴨のほかに鷭(Teichhuhn)(?)、白鳥、鴛鴦(オシドリ)といった野鳥、湖に面した家で飼われている家鴨(アヒル)も見る。

 白鳥はスター格だが、この冬は見かけない。その代わりにこのところ見かけなかった鴛鴦が姿を見せている。鴛鴦といえば仲の良い夫婦の代名詞にもなっているが、見かけるのは雄だけだ。もっとも雌は目立たない羽なので鴨の中に紛れているのかもしれないが。

デコイを思わせる鴛鴦の雄

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2017年12月29日金曜日

トルコ系スーパーマーケットでコーヒーの生豆

 ベルリンと言えばトルコ人コミュニティーで有名。それはこの街の文化的なダイバーシティーを高めているだけではなく、もはやベルリン、いやドイツの一部になっていると言っても過言ではないだろう。トルコ人コミュニティーなしにはこの街は動かない。
 旅行者にもお馴染みのドェーナーケバブは、ハンバーガーを超えるファーストフードになっているし、私にとってはトルコ人のヴォッヘンマルクト(週市)は、なくてはならない鮮魚の調達先だ。安くて新鮮、かつ種類も豊富!
 そしてトルコ人のスーパーマーケットも私の買い物生活にとって欠かせない存在。最近は、お米もそこで購入する。日本人には有名なお米ブランドShinodeも悪くないが、トルコ人スーパーマーケットで売られているルンドコルン(丸粒)、つまりジャポニカ種のお米もものによってはかなりいい線を行っている。ムスリムの多いトルコ人のことなので豚肉は望めないが、牛、羊、鶏の食肉もドイツブランドのスーパーで買うよりもずっと安い。
 またドイツスーパーでは売られていないようなものも目にする。先日のこと、ヨーグルトを買いに行ったついでに売り場でどんな面白いものがあるのかと調査していたところ、コーヒーの生豆を見つけた! 普通のスーパーマーケットには置かれていないし、専門店ではかなりの高値で売られているものが、トルコ(人)スーパーでは、800 gが5.39ユーロ(約720円程度)で売られていた。残念ながら産地がどこなのかはわからなかったが、衝動買いしてしまった。
 しかし買っては来たものの、家に帰って気がついた。いったいどうやって飲めばいいんだ?と。焙煎機なんてないし・・。まぁ、フライパンででもやってみるか。どんなものができるにしても、息抜きという、コーヒーブレーク最大の目的は果たせそうだ!

ベルリンのシャルロッテンブルク地区Wilmersdorferstrasse通りのトルコ(人)スーパー
同じくベルリンのシャルロッテンブルク地区Wilmersdorferstrasse通りのトルコ(人)スーパーで、私がよく買い物をするナザール・マーケット


同じWilmersdorferstrasse通りにあるショッピングモール内のトルコ(人)スーパーで購入したコーヒー生豆。やはりトルココーヒーに向きだろうか。

2014年5月21日水曜日

徒歩旅行 E11 ベルリン横断(2)(ポツダム広場 (U2 Potsdamer Platz) 〜トレプトワーパーク (S Treptower Park) )

 前回に続き、今回(5月4日午後)も欧州長距離遊歩道 E11 をたどりベルリンを東へ向かって横断する。

 出発地点は前回の続きでポツダム広場。ベルリンでもっとも高層化が進んだ界隈だが、せいぜいこんなもの。ベルリンはまだまだ平べったい街のままだ。

Potsdamer Platz

 ポツダム広場を後に E11 は、ラントヴェーアカナール(運河)を目指して南へと伸びる。


 道はアンハルター・バンホーフ(駅)の脇を過ぎる。この駅は戦前ベルリンの主要鉄道駅の一つだったが戦災にあって今は地下を都市近郊鉄道(Sバーン)が通るのみ。瓦礫の一部が保存されて残されているというのは多くの旅行案内に書かれている通り。

Anhalter Bahnhof


 今、運河へ向かって歩いているのが、シュトレーゼマンシュトラーセ(通り)。21番地にこんなしゃれた入口を見つけた。モザイクの柄とステンドグラスが凝っている。

Stresemannstr. 21

 さらに進み、地下鉄のハレシェストア駅近くに来るとビリー-ブラント-ハウス、つまりドイツ社会民主党のビルが見える。日本では影の薄い社会民主主義だが、ドイツでは連邦議会では野党に甘んじているものの、そのプレゼンスは健在。ベルリン州では現在も与党の座を占めている。

Willy-Brandt-Haus

 ハレシェストア駅で運河を渡る。ここからではよくわからないが、この地下鉄駅(この付近では高架鉄道の駅)は、危ういほどに運河上にはみ出している。そこまでしなくても土地は十分にあっただろうに・・。しかしここを建設した当時、設計者や施行主は、こういう建設に「未来的なもの」を感じてわざとこういう作りにしたのかもしれない。ブッパータールの空中鉄道(懸垂式モノレール)に乗ったことを思い出す。


U Station Hallesches Tor

 ここからは運河に沿って東へと向かう。運河沿いは絶好の散歩道、ジョギングコースになっている。今回は徒歩だが、遊覧船に乗って水上から運河沿いのプロムナードを眺めるのも楽しいかもしれない。


Landwehrkanal

Promenade des Kanalufers

 運河沿いを歩き、ワーテルロー・ブリュッケ(橋)(「ウォータールー」ではないだろう)を過ぎるとアルテス・ツォルハウスという建物の前を通る。現在はレストランになっているが(ミシュランガイドにも紹介されているそうだ)、「旧税関舎」という名前からして昔は入市税を徴収した税関だったのだろうか。


Altes Zollhauf

 そしてその先に運河が少し広くなったところへ出る。ここは Urbanhafen、これも「アーバン・・」ではなく「ウルバンハーフェン」と読むべきなのだろう。つまり市港。前の税関と合わせて考えれば、ここはかつての港でベルリンの周辺から川と運河を使って運ばれた貨物が陸揚げされていたところか。
 今は遊覧船が繋留されていて、レストラン船になっているものもある。もう少し暖かければこんな船の上でビールを呑むのもいいかもしれない。この運河沿い、ビアガーデンもある。夏が待ち遠しい。

Urbanhafen

Schiffe im Hafen

 ウルバンハーフェン(港)の東側の入口になっているのがアドミラルブリュッケ(橋)。雰囲気のある橋の素材は鋳鉄だろうか。 この辺り、どことなくパリの北運河を思わせる。

Admiralbrücke

 その先のプランウーファー(河岸)通り。この辺りはクロイツベルク地区。クロイツベルクというと庶民の街という印象があるが、この運河沿いの通りにはこんな立派なファサードの住宅が軒を連ねている。

Planufer

 この運河から北東へと曲がる。豪奢な住宅を紹介したが、やはりクロイツベルクには昔ながらの庶民の街でもある。下の写真は、ミートカゼルネと呼ばれた大規模集合住宅の名残だろうか。建物が裏へと幾重にも連なっている。住宅だけでなく町工場も入居していそうな雰囲気だ。

Mietskaserne?

 しばらく行くとゲールリッツァーバンホーフ公園に至る。バーンホーフ(鉄道駅)という名前からわかる通り、かつての駅の跡地に公園ができている。下の写真には、敢えて撮らなかったが、この公園、実はかなり怪しい雰囲気。歩いていると、アフリカ系と思われる男たちが盛んに声をかけてくる。マリファナ等の売買が行われているようだ。そういうニュースは何度か聞いたことがあったが、これほどまでとは思わなかった。以前もこの公園へは立ち寄ったことがあったが、たしかに当時からちょっと怪しい雰囲気はしていたが、家族連れも多くそれほどではなかった。今回は、これは「やばい」という感じがした。危険な目には遭わなかったが、ここを通るのは用心した方がよさそうだ。



Görlitzerpark

 公園を東の端から出るとそこには廃線跡とおぼしき橋梁があった。かつては駅に出入りする列車が盛んに通過していたことだろう。

Ehemalige Eisenbahnstrecke?

 街中のトレイルは、シュレジッシェ・シュトラーセ(通り)を進む。岸沿いに歩いて来た運河がシュプレー川と接続する地点が見える。

Schleuse zur Spree

 この辺りはベルリンっぽい雰囲気。

Café? am Ufer

 そして泣く子も黙る東西ベルリン通過点の監視塔。ここから前はかつての東ベルリンということになる。

Beobachtungsturm

 最後の写真は、プーシキンアレー(並木道)。立派な街路樹が連なり、この先のトレプトワーパーク(公園)へと至る。プーシキンといえば、ロシアに限らず世界的文学者であることはたしかだが、そんな名前が見られるのは東ベルリンに入った証拠。

Puschkinallee

 今日はポツダム広場を出発したのが15時30分。そして終点のトレプトワーパーク駅に到着したのが17時30分。ハイキングガイドによれば、この区間は10 kmあまり。

 今回もベルリンの街の中の緑をたどっての散策となったが、管理された自然とは言え、その豊かさには脱帽。その他にゲールリッツァーバンホーフ公園では、管理されていない人間の欲望も目の当たりにした。しばらくはその公園を舞台に管理する側と野性の戦いが繰り広げられることだろう。

 最初ポツダム広場でベルリンの壁の後を越え、最後に徒歩で東西ベルリンの境を通過したのだが、通りの名前を聞いただけで東に入ったと感じられる体験はベルリンならでは。マルクス、レーニン、スターリンと言った社会/共産主義のビッグネームはあらかた改名されてしまってかつての名前が復活したが、文人を中心にまだまだロシア人の名前がついた場所も多い。これもベルリンの個性と言えそうだ。




2014年5月4日日曜日

徒歩旅行 E11 ベルリン横断(1)

 春になり歩きに出たくなる陽気になった。すぐにでも66湖巡りを開始したいところだが、冬の間長い距離を歩いていなかったので、歩き始めたら直ぐには帰って来られないような郊外に出るのはちょっと不安。そこでE11トレイルに沿ってベルリンの街の中を歩いてみた。街の中とはいえ緑の豊かさには感動さえ覚える。ベルリンの街の美しさは、古い街並や近代建築よりもこの「緑」!

 ルートは前回のE11の終点になっていたZoo駅近くのLandwehr運河の水門から出発して、ベルリンのセントラルパークであるティアガルテンを横断。途中ジーゲスゾイレ(勝利の塔(柱))をかすめてブランデンブルク門へ、そこから南へ方向を変えてポツダム広場へと至る4.5 km。冬ごもりの後の足慣らしにはちょうど良い距離かもしない。

 写真とともに記憶の中でもう一度、歩いてみたい。

 まずは前回の終点となった水門近くのカフェ。夏はビアガーデンになり賑わうが、4月半ばはまだそれには寒い。ドイツ人は、日が照ればそれでも外で飲んでいる。


 運河に架かる橋を渡ってティアガルテン公園へ。「ティアガルテン」は、鴎外の『舞姫』では「獣苑」と訳されていたと記憶する。獣(けもの)の苑(その)とは、動物園ではなく狩り場のこと。君主ホーエンツォレルン家が狩り場として使ったのだろう。現在では都会の中にいて都会を忘れさせる緑がどこまでも広がり、市民が思い思いに時間を過ごしている。


 公園を通る道は、6月17日通りに並行しているが、途中ジーゲスゾイレをパスする。ジーゲスゾイレは「勝利の塔」と訳されるが、ゾイレは正確には「柱」。第二帝政、つまり1871年のドイツ帝国統一のきっかけとなった戦勝記念碑だが、ここに移築されたのは第三帝国の都市計画による。この日は西日を受けて勝利の女神が黄金に輝いていた。


 ジーゲスゾイレを中心としたロータリーに面してもうビアガルテンが店を出していた。日も照っているし歩いて体も暖かくなったところで一杯やりたいところ。


 ビアガルテンの誘惑を克服して再び公園の緑の中に入る。新緑の時期は、北国の都が輝く季節。カメラを向けたい風景が至る所で展開する。


 公園の中の遊歩道で、大通りへ視界が開けたところに見えてきたのはソビエト記念碑。ここは西ベルリンで、ソビエト管理区域の外にあるのだが分裂時代も存続した赤軍によるベルリン「解放」のモニュメント。ヒトラーの首相官邸の大理石が使われているそうだ。


 そしておなじみのブランデンブルク門の裏。ケネディーが東側を覗いたお立ち台はこの撮影地点辺りだったろうか。
 ここから進路を南へ変更し、ポツダム広場へと向かう。


 長い距離ではないが途中、ホロコースト記念碑がある。


 上から見ると比較的平坦だが、中の通路は起伏が大きく迷路のようだ。


 歩き出してから約2時間後、ポツダム広場の交通信号(レプリカ)の前へとたどり着く。天気は良かったのだが、この時間になると風が冷たい。4月半ば、ヨーロッパの空気は、まだ十分には暖まっていない。


 ここからは、地下鉄2号線で帰宅。思い立って直ぐに出かけられる街歩きだったが、新緑を堪能できた日曜日だった。