トラフィックがあまりありませんので、ちょっとメモ代わりに使います。今の関心は、歴史の船旅に向いているのですが、1930年の半ばにシャルンホルスト、ポツダム、グナイゼナウが東アジア航路(日本から見ると欧州航路)に就航する以前のNDLの使用船がわかりました。
Trier(トリアー)、Fulda(フルダ)、Coblenz(コブレンツ、総トン数9449 t)、Saarbrücken(ザールブリュッケン、総トン数9449 t)だそうです。シャルンホルスト等が就航したことでトリアーはトルコに、コブレンツとザールブリュッケンはイタリア政府に売却されたそうです。典拠はP. Kuckuk, Die Ostasienschnelldampfe.., S.52.
トリアー、フルダ、コブレンツ、ザールブリュッケンはいずれもドイツの都市の名前です。
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